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★ 美しい遺跡が多いことで有名なオルチャ。
ベトラ川沿いのチャトリ群、美しいブンデラ王国の王室墓園の庭に踏み立って
「これは広角レンズで押さえておこう」
とカメラバッグを開いて蒼白になった。
レンズがない!
この前に訪れたチャトルブージ寺院に置き忘れてしまった・・・
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そのチャトルブージ寺院を訪れたときには他に観光客もなく、シンと静まり返った暗闇の中から1人のにいちゃんが出てきて
「20ルピア出せば、秘密のカギを開けて建物の屋上に上がらせてやる」
と、もの凄く怪しいことを言われたので、20ルピア出して秘密のカギを開けて建物の屋上に上がらせてもらうことにした。
「ケータイのライトをオンにして上れ。暗くて上れないから」
確かに人1人上がるのがやっとという狭くて暗い階段。
階段の1段が50cmはありそうな雑な造りなので、上って行くだけでしんどいし、砂や獣の糞もあって恐怖を覚える。
2階、3階、4階と上がると、青空が見えた。
そこは柵や手すりの全くない尖塔だけが周りに聳え、オルチャを一望するだけの恐ろしい屋上だった。
通常であれば一般公開できるような場所ではない。
秘密のカギを開けて上らせてやる、というのは本当だったのか?と冷や汗が出た。
端の方へ踏み出せば一陣の風が吹いただけで落下しそうだし、塔から離れないようにそろりそろりと辺りを伺う。
実はそこで写真を撮った時にレンズを付け替えたのだ。
狭くて暗い階段は上るも降りるも地獄。
もう2度とこんな経験は懲り懲りだと地上に降り立って思ったのだった。
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あの屋上に置き忘れてきた。
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オイラはトゥクトゥクのおじちゃんに頼んで戻ってもらい、寺院の中に再び足を踏み入れた。
しかし、先ほどのにいちゃんがいない。
どうしよう。秘密のカギを開けてくれるやつがいない。
オロオロしていると、
「モォモォ、モォモォ」
と声がした。
まだ10代の若いインド人が首から
「耳が不自由なので支援をお願いします」
という札を掛け、オイラに (これを見ろ) と札をパタパタさせた。
今はこっちが支援して欲しい。
人は自分が幸せじゃないと人を幸せにすることができない。
すると、彼は
「モォモォ、モォモォ」
と言いながら手に小さなカギをぶら下げて人差し指で上を指し始めた。
「え!それは例の秘密のカギか!上階に上がれるのか?」
オイラはこのモォモォ君が救世主にも親友にも見え、一緒に人差し指で上を指した。
「じゃあ、もうすぐ開けてくれ!」
気持ちは逸る。
彼はカギを開けるとオイラの前に立って階段を上がり始めた。
「お前も上がるんかい!」
と突っ込んだが、モォモォ君の気が変わってまたカギを閉められても困るので、彼の後についてオイラも上った。
モォモォ君はノートルダムのせむし男だった。
まるで子供が自分のジャングルジムで遊ぶように真っ暗で不規則な階段をヒョイヒョイと上って行く。
オイラが2階部分に着くと3階に続く階段とは違う部屋から(こっちへ来い)と手招きする。
仕方がないのでそこまで行ってみると、
「モォモォ、モォモォ」
と外の景色とオイラのケータイを指差す。
「そうか、ここから写真を撮れ」
とガイドしてくれているんだな。
本当はもう一直線に屋上に上がって広角レンズを手に入れたら一目散に地上に降りるというミッションに集中したいのだが、せっかく彼がオイラを支援しているのだからオイラも彼を支援しないと申し訳ないと思い、そこからケータイで写真を撮った。
モォモォ君は穴から覗く景色がお気に入りらしく、穴があるとやたら写真を撮らされた。
こんな写真要らないよぉ。
それより早く屋上連れてっておくれよぉ。
じれったくて仕方がないのに3階部分でも覗き穴写真をたっぷり撮らされ、ようやく屋上に上がる。
暗闇から出たばかりの光に目を細めながら注意深く辺りを見ると、
あった!
オイラの大事な広角レンズが塔の淵に置かれてあった。
心の底からホッとして、さあ、降りようと思ったのだが、何かを探し当てて喜んでいるオイラを不思議そうに見ていたモォモォ君。
今度はオイラとレンズの記念写真を撮ると言ってきかない。
仕方がないのでレンズとポーズを取ってやる。
もはや「遺跡に生首」状態だしね。
レンズすら写ってないしね。
さあ、もういいでしょ?と彼を伺うと、ここへ来いとまた手招きする。
そんな端っこは怖いからいやだよ、と言っても聞かない。
(手をこうやって出せ、そうそう)
とポーズを強要され、
こんな写真まで撮らされてるオイラ。
笑ってないしね。
眉間にシワ寄っちゃってるしね、心情を察することができる哀しい写真だね。
そしてようやくお許しが出るとオイラは階段を降り始めた。
下りも走るように降りて行くモォモォ君。
2階部分まで来たところで、彼が (お金くれ) と手を差し出した。
もともと「支援」するつもりだったし、彼のお陰で助かったので少し多めに渡した。
なのに彼は (もっとちょうだい) と言い出した。
「いや、もう充分でしょ。降りようよ」
と言ってみたが、モォモォ君は1階に下りる階段前に立ちふさがったまま、オイラを降ろしてくれない。
これはやっかいなことになったな・・。
しばらく押し問答をしていたところで
「どーしたのー!どこにいるのーーー!」
階下から大声が聞こえた。
あまりに帰りが遅いことを心配したかみさんが寺院まで迎えにきたのだ。
オイラはここがチャンス!と
「ヤバい!怖いのが来た!」
目を見開いて怯えた演技をすると、彼も急に怯え出し、一目散に暗い階段を1階まで降りて行った。
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そして、ようやく戻ることができた王室墓園を広角レンズで撮り直した。
ペナンで夜の極楽寺のパゴダを、みんなで一緒に登った時のことを思い出しました。あの時は忘れ物は無かったですか?(笑)。
>在馬長子<br>あそこは複雑な構造だったねー。置き忘れたらきっとどこだかわからないよ。