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★ 「え? この列車はカジュラホには行かないよ!」
寝台車の上段ベッドで荷物を解き、ゴロリと寝転んだオイラの耳に片言の日本語が飛び込んできた。
下段でかみさんと話をしていたインド人の青年が驚いて発したのだ。
「降りろ!」
オイラとかみさんは寝台の上の荷物やスーツケースをドタンバタンと引っ掴み、担ぎ上げ、倒れんばかりに車両の出口へ走った。
乗り込んで10分ほど経った列車が少しずつ動き出していたからだ。
幸いなことにインドの列車には自動扉などという気の利いた物は設置されていない。
開けっ放しの手動扉から動いているホームに飛び降りた。
「置いてきた物ないね?」
息の上がるかみさんが尋ねるのと同時に、現金やパスポートの入ったポーチを置いてきたことに気が付いた。
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血の気が引いた。
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列車はもうかなりスピードがついてきている。
オイラは列車を追いかけて車両扉へ飛び乗ると、車両内を左右の寝台に顔を振りながら走り、自分の寝ていたベッドを探す。
おい、どれだよ、どれだよ。
心拍数100%突破。
車窓の景色はだいぶ早く流れ始めている。
「あっ、あった!」
自分のポーチを暗い寝台の上に見つけると鷲掴みにして引き返す。
うわっ、もう間に合わないかー!
車両扉まで出るともう列車はホームの端に近づき、かなりのスピードが出ている。
そして。
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タコはホームに飛んだ。
(写真はイメージです)
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勢いのついた体はホームの上に放り出され、ゴロンと一回転。
起き上がって目を上げると、列車の最後尾がホームから遠ざかって行くのが見えた。
ホームではインド人たちがみなオイラを遠巻きに囲んでじーっと見ていた。
白目だけが浮き出ているような目力一杯の凝視に堪えられず、オイラは顔を伏せた。
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まだ心臓がバクバクしているところに、ひとりの少年が近づいて来た。
「どこに行くの?」
「カジュラホ」
「カジュラホ行きは次の列車だよ。ちょっと遅れているんだ。僕もカジュラホに行くから一緒に行こう」
ホッとした。
あんまりうれしかったので彼と写真を撮った。
シャンタヌ・パタック君のお父さんはカジュラホ駅の駅長で、お母さんと一緒にお父さんに会いに行くらしい。
列車の中で彼といろいろな話をした。
「バンコクに来たら連絡して」
と彼に名刺を渡した。
それにしても現金とパスポートの入ったあのポーチがどこかオイラの知らない土地へ消えて行ってしまったかも知れないと思い返すと、身の毛もよだつ。
凄っ!走る列車からの脱出ってミッション・インポッシブルか007ですね(笑)。筋金入りパッカーに聞いたやり方ですが、自分は途上国旅行中はパスポートと現金を常にパンツの前ポケットに突っ込んでます、これだとまず無くしませんよ。
>駐在君<br>前ポケットっていろいろ突っ込んじゃってパンパンになっちゃうんだけどw