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★ 2週間前、Google本社のアジアパシフィック責任者と面談した時には緊張した。
若くてイケメンで長身で頭もキレてGoogleという世界最大、最先端の会社の要職に就いて金もある。
こういう不公平な種族が存在する(笑)。
ダグはちょっとキアヌ・リーブス似の爽やかな青年だった。
まあ、それはそれでいいとして、オイラが緊張した理由はやはりアメリカ英語である。
昔、元会社の当時の海外担当役員で長くニューヨークに駐在していた先輩がオイラがマレーシアに着任する時に一緒について来てくれた。
合弁先のマレーシア人役員たちと会話を進めながらこっそりオイラに
「おい、山森、俺は英語には自信があったが彼らの英語がさっぱり聴き取れないよ。自信をなくした」
と打ち明けた。
そのくらいオイラの育った東南アジア英語とアメリカ英語は別物なのだ。
何とかGoogleアジアパシフィック統括オフィスの責任者を紹介してもらう段取りまでは辿り着いたがダグとの会話は聴き取れない部分が多かった。
バンコクに戻ってくるとすぐにこの統括オフィス責任者のスレッシュから
「すぐにオンライン会議をやろう」
とメールが届いた。早い。さすがにスピードのGoogleだ。
この会議ではスレッシュともっと具体的なパートナーシップやビジネスの進め方について各論を詰めていくことになる。
また聴き取れなかったらどうしよう、と緊張しながら彼のFBを開く。
ホッとした。
スレッシュはインド人だ。きっと激しく優秀なインドエリートなんだろう。
なぜオイラがホッとしたかというと、オイラはインド英語はめちゃくちゃ聞き取れるから(笑)。
これもインド系が多く住むマレーシアに長く滞在し、あの巻き舌レロレロ英語に慣れ親しんだおかげだ。
果たしてオイラとスレッシュは旧知の友のように滑らかに会話が流れ、お互いにお互いの話を完璧に理解してビデオ会議を終えることができた。
マレーシアの癖の強い英語にこれほど感謝したことはない。
★ 10年ぶりくらいにシンガポールに滞在した娘はやはりそのキレイさとチャンギ空港の先進性に驚いて帰ってきた。
出入国管理やセキュリティ管理ってここまでスマートに簡単にできるのか、本当に管理できているのか、と疑うほどだ。
日本のセキュリティは長い列ができるし、羽田のイミグレには顔認証システムが導入されたが、外国人の方は長蛇の列になっている。
東京五輪大丈夫か?
それでもタイはもっと厄介だ。
あのイミグレ審査の時間のかかり方。
散々、パスポートとPCのモニターを見比べてカチャカチャやり、終わったかと思ったら隣の係官とおしゃべりし、さらにそこから目玉おやじのカメラ見ろ、と顎をしゃくる。
誰か1人でもいいからNHKのプロフェッショナルに出てくるような
「少しでもタイを訪れた人たちにストレスなくイミグレを通過してもらう方法はないかと考え続けた・・」
みたいなスタッフはいないのかい?
バンコク起点の海外出張がつらいよ(涙)。
★ 真夜中に
「日本人のあの子、勝っちゃったよ!」
と興奮したカミさんの声で起こされた。
全英女子オープンの渋野日向子、42年ぶりの日本人女子メジャー制覇だ。
カミさんはゴルフもやらないし、ルールも知らないし、選手のことも全然知らないが、なぜか女子ゴルフだけはときどき観る。
昨日も松本清張「点と線」のあとオイラはもうベッドに入ったがカミさんはそのままリビングで全英女子の中継を観ていた。
とは言え、渋野日向子がダブルボギーを叩いて3位に交代してから睡魔が襲い、そのままソファーで眠ってしまったらしいのだが18番ホールの歓声で
「なんだかうるさくて眠れないなぁ」
と起き出したらちょうど渋野が最後のロングパットを沈める優勝したシーンだったようで、そのままオイラを起こしに来たわけだ。
それにしても緊張で吐きそうと言いながらあの大舞台で全く動じず終始笑顔の強さ。
英文読みながら噛んで自分で大笑いする明るさ。
すごく魅力的な新しいスターの登場だよ。
★ 日曜日、近所にあるベンチャキティ公園の池で娘が子供たちと白鳥型の足漕ぎボートで遊んでいた。
ここしばらくボート池は水位が下がっていてところどころ池底が顔を出していた。
足漕ぎボートは途中で池底に乗り上げてしまい、動けなくなった。
娘は大声で管理棟に助けを求めたが係のおばちゃんはどうすることもできずに桟橋でうろうろするばかり。
そこに遠くにいた別の足漕ぎボートが近づいてきた。
同様に子供を乗せた日本人のお父さんのようだった。
彼は自分の身も顧みず、自分の足漕ぎボートから池に飛び降りると、下半身をびしょびしょにしながら娘のボートに近づくと、全力でボートを水のある方へ押し返してくれた。
岸に戻ってお礼を言うと、やはり彼は日本人の父親だった。
「こんなになってまで本当にありがとうございました」
と頭を下げる娘にこのお父さんはこんな話をした。
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「実は、今日ここへ来るまでの道で、前の車におカマを掘っちゃったんです。後部座席の子供たちが騒ぐものだからちょっと後ろに気をやった途端にドンっ!と。やっちゃたー!と思って外に出ると、前の車からも運転していた男性が出てきました。彼は日本人でした。そして彼はこう言ったんですよ。
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『出てって怒鳴ってやろうと思ったけど、あなたも日本人のお父さんですね。私も子供を後ろに乗せますのであなたの事情はわかります。こういうことありますよね』
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先方の車は凹んで傷がついているんですよ。それでも彼は「いいですよ」と何も求めずに去って行きました。私は善意に助けられたんだと思いました。そして今度は自分が困っている人を助けようと思っていたんです。そうしたらあなたが助けを求めていたんです。だから私があなたを助けたのは当然なんです」
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と。
この話に感動した娘は家に帰ってくるとオイラに早口で伝えた。
「お父さん、私は今人を助けるよ! どこかに困ってる人はいないの? ったくどこで何やってんだ!助けたいのにガルルルルルルル・・・」
と唸っている。
これは近づいていいものなのかどうなのか・・・
★ 大福を製造販売している綱川君の友人がタイで大福を売りたいので手伝って欲しいと頼まれたので、ウチのクライアントでもあるタイのローソンの商品開発の責任者に話を持ち込んでみた。
オイラは基本的に綱川君の頼みを断れない運命にあるのだ。
「タイ人は大福を買うので条件が合えば興味がある」
という話だったが、その条件はなかなか厳しそうだ。
その話の中でおや?と思ったのが大福の地位だ。
「ロールケーキやクレープなどの洋風スイーツに比べるとタイ人は大福を一段下に見ています。なのでスイーツが25バーツなら大福は20バーツじゃないと買わないんです」
という話だった。
オイラは東南アジアで次にブレイクするのは
「和菓子を扱った甘味喫茶」
だと思っているので、早く誰かチェーン展開を始めないかと期待している。
そうすれば一気に和菓子の地位は向上するはずだ。
頑張れ大福。
★ 綱川君には
「大福屋さん単体で海外進出するのはハードルが高いから、同業の和菓子屋さん5〜6店と一緒にやったらどうか」
と提案した。
個人的には、大福や和菓子、饅頭や餅など、あんこのたっぷり入った日本のいろいろな職人技を食べられるという方があんこ好きのオイラにはうれしいし、進出する側もリスクやコストを分散できてこれはもう一石三鳥の名案ではないか。
伊勢丹には「とらや」みたいな老舗出店はあるけれど、こういう和菓子老舗グループの共同出店プロジェクトはまだ東南アジアにはないものな。
このお店が来て欲しい、とかそんな成功間違いなしのプロジェクトなら出資させてくれ!という人は是非オイラまで。
★ 昨日は久しぶりにスタッフ達とタイ飯会。
日本から業務パートナーでもある那須先輩がやってきたので彼の大好きなスダレストランで。
今年の社員旅行は台湾に行きたいとスタッフたちから希望が上がったところで那須さんが
「じゃあ、オレが費用を少しスポンサーしよう!」
と太っ腹発言が飛び出してスタッフ大喜び。
★ 昨日はカミさんと息子とチャトチャックウィークエンドマーケットへ出かけた。
息子は小動物全般、カミさんは爬虫類、オイラは犬を見に。
コンドはペット禁止なので犬猫は厳しいのだけど、水槽の中の亀やトカゲや蛇なら飼えるかも、という半分半分の気持ちで。
何年か前までのチャトチャックでは雑種も含めて様々な犬種がワゴンの中で売られていたが、昨日久しぶりに行ってみると、エアコンの効く店内でフレンチブルドッグや秋田犬のような高そうな犬種に絞られ専門店化していた。
犬が飼いたいなー。
犬飼いたい熱がパンパンになってきているんだけど、今住んでるコンドは本当に気に入っていて引っ越したくない。
胸が掻き毟られるようなジレンマ。
最後まで悩んだのがリクガメ。お店で売られているのは10cm程度の小さいものだったが、店員によると5年くらいで50〜60cmになり、どんどん大きくなるらしい。
カミさんはリクガメと散歩をしたいらしくこんな状況を夢見ている。
だけどこんなのスクムビット通りでできるだろうか?
今日はタイも三連休の最終日で休みなので、これからちょっと子犬探しの旅に出てみようかと家族で話している。
出会ってしまったらその時はその時、また何か方法を考えよう(笑)。
★ 結局小動物にはめぐり逢えなかったけど、カミさんは
「もっと早くリクガメと知り合えればよかった」
と月9のヒロインのような独り言を言っている。
亀という以上、その寿命は数十年(ネット上では「100年はざら」と書かれている)になるだろうからこちらが先に死ぬわけで、その後の手当は容易ではなのだ。
さて、そんな今週、日本はお盆休みでマレーシアはハリラヤハジ休みでほとんどの会社が休業状態。
そういう時は間が悪くオイラは関係のないタイで労働しなくてはならない。
そこでオイラは現在、自分の働き方改革を模索している。
休暇を取りにくい環境にあることや、そろそろ後継者に責任を持たせていかなくてはならない会社事情を踏まえて、様子を見ながら少しずつ若いスタッフに業務を任せ、柔軟に働いていく。
できれば5年後くらいから。
(とか言ってるからいつまで経ってもそういうことが実現しない(笑))
★ 自宅では、リクガメ、リクガメと白昼うなされているカミさんがいるので、家族は
「もう飼えばいいじゃん」
と言っているのだが、踏ん切れないらしい(笑)。
息子と娘が引き継ぎ、その後で春貴や玄貴が引き継いでも彼らが還暦を過ぎるまで余裕で生きているんだろうと思うとすげー生き物だ。
こんなに長生きするのに、どうして世の中に亀が溢れかえっていないのだろうか。溢れかえっていたら怖いけど。
さて、今週は珍しく外食ウィーク。
昨日はクライアントの社長と新プロジェクトの今後の進め方について話し合うという極めてカタい飲み会で、明日は日本からやってくるアコと久しぶりの再会。
明後日はバンコク駐在中の従兄弟と会食し、明々後日がソフトボールチームおぼんこぼんの幹部会。明々々後日(って言う?)の月曜日はマレーシアに飛んで、とがり、はらまき、松村さん女性3人とマレーシアローカル飯。
体調を壊さないように無理せず駆け抜けます!
★ 会社のすぐそばに新しい焼き鳥・串揚げ専門店ができた。
昼飯を食おうと歩いていたら路地の奥にこの「ヒナタ」の看板が見えたので入店してみた。
日本人の大将がまだ真新しいカウンターの中にいて客を迎えている。
ランチメニューは焼き鳥丼のほか、カツ丼やカレー各種など肉や魚の定食が揃っていて120~150バーツ(400~500円)と相当頑張った価格だ。
いつもならとんかつ定食かカツカレー辺りがオイラの常道だが、ここは焼き鳥・串揚げ専門店だと思い直し、かつて自分で選んだことのない
「炭火焼鳥丼」
を注文してみた。
基本的にコロモのついた揚げ物がメニューにある場合はそれを選んで60年のオイラが、生まれて初めてする挑戦である。
これが衝撃的に美味かった。
炭火の香ばしさと鶏肉の柔らかさ。そして絶妙にご飯にかかった甘辛タレ。
いいじゃないかー。炭火焼鳥丼いいじゃないかー。
勝負に勝った孤独のグルメ、ゴローちゃんの心境だ。
あー、また食べに行くの楽しみだなー。
このあと3時ごろおやつの時間に食べに行こうかなー。
★ 昨晩は、日本からアコがやってきて6年ぶりに再会。
お母さんは82歳だけど、今回もラオスを回ってタイというバックパッカー並みのハード旅程をもろともせぬ健脚ぶり。
健康診断もどこも悪いところがないというから羨ましい。
そのアコも2021年2月26日(金)、KLで催されるJalanJalan25周年記念会は出席するとのことで日本や海外に散らばった「ちょっとでもJalanJalanに関わった人たち」が集まってくるようだ。
再来年の話だけど、これを読んでいる人は今からKLに行く予定を入れておいてね。
まあ、オイラが覚えていられるかという不安が一番大きいんだけどな。
★ 今スワンナプーム空港でこれからKLへ。
朝一で大後悔。
高速を走っていたら隣の車線をロールスロイスのコンバーティブルに乗ったド派手なおじいさんがいた。
ちょうど朝日に照らされてその神々しく美しかったこと。
こんなシャッターチャンスはなかったのに、しかも首からカメラを下げていたのに、オイラはその光景に見惚れてしまっていつの間にかロールスロイスは遠く後方へ消えてしまった。
アマチュアフォトグラファーとしてまだまだ修行が足りないよ。
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さて、昨日は後輩の優ちゃんが来月からバルセロナへ留学とのことで壮行会。
普段あまり話のできない優ちゃん友だちと席を移動しながらいろんな話ができて楽しかった。
「ストライクゾーンは針の穴」
と言われるまいこさんとは、その穴の広げ方について語り合った。
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そして今KLのオフィスに着いて気が付いた。
車のキーとオフィスのキーとアパートのキーをバンコクに忘れてきた。
もうジジイすぎて自分が嫌になるよ。
★ 先日ベロニカがシンガポール出張した時の出来事。
交差点の歩道で自分の行く先を確認するために右や左を見ていたら1人の初老の男性がいきなり近づいてきて
「何こっち見てんだ!バカヤロウ!」
と大声で怒鳴り、ベロニカは怖くて立ちすくんでしまった。
その男は捨て台詞を吐きながら行ってしまった。
さらにベロニカが他の道を歩いていると今度は初老の女性がベロニカの腕をパシン!と叩き
「ちょっと!荷物持つの手伝いなさいよ!」
と怒鳴った。
ベロニカはそれが人にものを頼む時の態度か、と思ったが仕方なく女性の荷物を持って指定された場所まで運んだ。
女性はお礼すら言わなかった。
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こんなことが立て続けに起こるだろうか、とシンガポールに住むベロニカの友人に話したら
「そうなのよ、最近のシンガポールは過度なストレス社会でどうにかなっちゃってるのよ。別に不思議な話じゃないわ。もう私もこんな国嫌だからマレーシアに帰ろうと思っているところなのよ」
と言われたという。
この「超ストレス社会」はどこかの国でもよく聞く話だ。
オイラも一時帰国時に駅の改札口ですれ違いざまにぶつかったサラリーマンに後ろから飛び蹴りされたことがある。
シンガポールと日本。
どちらも小さい国の中で先進性を追い求め、世界の中でも高い文化やサービスの質を誇るが、一方で人々の要求水準は行き着くところまで来てしまった国だ。
「いろいろ問題はあるんだけど、やっぱり私はマレーシアが一番だわー」
とベロニカは笑った。
ティダアパアパ、マイペンライ、そんな言葉が会話の中心にくる、そんな住処に幸せが宿るんじゃなかろうか。
★ タイやマレーシアで営業作業中に困るあるあるが
「相手が電話に出ない」
という問題だ。
忙しかったり、スマホを置き忘れたりして出られないんじゃなくて
「誰からかかってきているかわかっていて目の前の電話に出ない」
というアレだ。
メールでの返信がないのは日常茶飯事なのでここでは今でも電話で確認作業を行わないといけない。
電話に出ないことですぐに答えられることがないってことを察しろよ、ということなのかも知れないが、こちらはやはり確認ができるまで何度でもかけ直すしかない。
向こうの電話も何度も鳴るのだ。
それならば一回でこういう事情でダメだ、とか今は回答できる状況じゃない、と一言言えば済むことなのに。
同じクライアントでも相手が日本人の場合はまずそういうことは起こらない。
電話に出ないことで逃げ切れたことになる、という社会通念をなんとかして欲しい。
★ 「これから顧客データを活用して売上を上げる時代です」
「是非、我が社でも取り入れたい。あとは本社をどう説得するかですね。それもお力を貸していただけますか?」
「それでは有料になりますがコンサルという形でいかがですか?」
「はい、それでお願いします」
とオイラが1か月半のコンサル案件を日系クライアントマレーシア支社の日本人経営陣3人から約100万円で請け負ったのがちょうど1年前の8月だった。
その提案書を彼らの指示通りマーケティング部署のマレーシア人チームに提出してから彼らは本社に今年度の予算申請をしたはずだった。
ところが結局いつまで経っても
「我が社で取り入れたい」
と言われた仕事の発注は行われなかった。
様子を聞いても
「今忙しいので来月」
を繰り返し、今年も8月、丸1年を過ぎた。
そして昨日、1年前と同じマレーシア支社の日本人経営陣3人とアポが取れ、
「結局、あれから何も進んでないのですが・・・」
「いや、大変申し訳ない。我が社では是非取り入れたい、いや取り入れないければならないと思ってます」
と3人全員が口を揃えた。
そして
「あとは本社をどう説得するかですね。それもお力をかしていただけますか?」
オイラは夢でも見ているんだろうか・・・
★ 今朝は出社前にプールで1,000m自由形に挑戦。
300m〜400m辺りが一番キツかったけど、それ以降は惰性で泳ぎ切りそれほど息も上がらなかった。
朝泳ぐと
「せっかく燃焼させたから不要な糖質摂取は控えよう」
という気持ちが働いて自己管理にいいぞ、と気が付いた。
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日本在住の娘の親友がタイ移住を希望していて、こちらにちょくちょくやってきては仕事を探したり語学学校でタイ語を勉強したりしている。
だけど、ちょっと変わった学校に入ってしまったみたいで初めて受講したタイ語文が
「今、恋人が亡くなりました」
だったらしい。
そんなに頻繁に使うんかい、そのタイ語(笑)。
さらに
「兄弟がなくなりました」
「葬式が終わるまでここにいなければならない」
「自殺はとどまらなくていけません」
「オバケはどこにでましたか?」
と相当クセがすごい。
★ どうしても見つからなかった。
バンコクにKLのコンドの部屋の鍵を置いてきてしまって、わざわざ大家さんに借りたスペアキー。
昨晩退社してコンドに戻り、この借りたスペアキーをジーンズのポケットから出そうと思ったがどこにもなかった。
え、ちょっと待って、なんで?
と独り言を言いながらポケットやバッグを漁ったが見当たらない。
駐車場の車に戻り、周辺や車の中をスマホのライトをオンにして探したがどこにもなかった。
オフィスのデスクは確認して出たつもりだったけど見落としたか、と思い再び渋滞の中に車を乗り入れオフィスに戻る。
デスクにもフロアにもトイレにもどこにもなかった。
オフィスの駐車場周辺も探したが油のシミがあるだけだった。
午前中に寄った会計士のオフィスに電話をかけたけど誰も電話に出なかった。
社長のセリナのケータイに電話をしたらわざわざスタッフがオフィスまで戻ってオフィス中を探してくれたけど出てこなかった。
念の為オイラも会計会社のオフィスに行き駐車したスペースを探し、その近所のレストランの従業員に鍵の届け出を確認してもらったが結果は同じだった。
スタッフとランチしたチャイニーズレストランに行き、フロアマネージャーに落し物の確認をしてもらったけどそれらしい鍵は届けられていなかった。
車を停めた辺りも這いつくばったがこちらも紙くずがカサカサ動くだけだった。
もう一度コンドに戻り、車とバッグを探した。
もしかしたらそもそも朝出がけに部屋に鍵を置き忘れ、ドアに鍵はかかっていないんじゃないかと思い付き、部屋のドアノブを下げたが、鍵はしっかりかけられていた。
もう思い付かない。
大家さんに恥を忍んで連絡し、スペアキーがないか尋ねたが残念ながらもうなかった。
ここの大家さんは本当にいい人で、もっとスペアキーを作っておかなかったことを逆にオイラに詫びた。
いやいや、すでに2セットもらっている上にそれをバンコクに置いてきて、借りたスペアキーを無くしたのはオイラなのだから大家さんには一点の非もない。
「明日鍵屋さんを呼びましょう。そして鍵を交換しましょう。費用は折半でいいですか?」
と大家さんが言うので
「とんでもない、こんなご迷惑をおかけした上に大家さんにはなんの落ち度もないのだから全て私が弁償します。本当に申し訳ありません」
と倍返しで詫びた。
ということで昨晩は寝るところがなかったのでオフィスのソファで寝た。
とは言うものの、体は窮屈だし、部屋の温度調整が難しく結局ほとんど寝られなかった。
ここが今のオイラの住処。
★ 翌日午後になって大家さんが鍵屋を呼んでくれた。
彼は道具入れの中からL字型の針金とキリ状の道具を取り出して鍵穴に取り付いた。
2つの道具をカチャカチャカチャと巧みに動かすこと1〜2分。映画で見るまさにあの動きと音。
そしてノブを下げるとあっと言う間にドアは開いた。
そして、そのままあっと言う間に新しい鍵と取り替える。
こりゃあ、プロがドアを開けようと思ったらセキュリティもクソもないんだなと思い知った。
出張費、作業費、鍵代、しめてRM220。
落し物には気を付けましょう!
★ 昨日は前日オフィスでよう寝られんかったこともあって、鍵事件が解決したところでそのまま部屋で休みました。
今日は午前中ノリさんと打ち合わせをしてからバンコクに戻ります。
そして、明日早朝から社員旅行で台湾。
オイラが最後に台湾に行ったのは、マレーシアに赴任するときに元会社台湾支社への挨拶訪問だったからほぼ30年前。
社員旅行と言っても娘、息子、カミさんまで付いてくるので家族旅行やで(笑)。
また台湾の様子をレポートするねー。
★ まさ [シラチャ―でバーをやっている友達が、頼まれてイチゴ大福を作って売ったら毎回速攻完売だったそうです 20バーツとかそん..]
★ 在馬長子 [マレーシアのイーオンでも、しわしわになった硬くて赤黒いイチゴが切り込みに押し込まれた小さなイチゴ大福が、たしか1個R..]
★ Jun [>まさ いちご大福食いたいもんなー!シラチャーでも売れるってことだよ。 >在馬長子 マレーシアもターゲットにしても..]