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★ 両親がアメリカの兄弟のところに遊びに行ったので実家の店番のため2ヶ月在宅勤務を希望したものの、2ヶ月経っても戻ってこないので解雇したスタッフが、昨日オフィスに顔を出した。
「それで両親は戻って来たの?」
「いえ、まだ戻ってきません。年末くらいになりそうです」
「えー、なんだそんなことになってるのか」
「はい、それで年末戻って来ても1ヶ月くらいですぐまたアメリカに行くみたいで。もう好き勝手に遊んでいるので」
よかった。あの時即断でこいつクビにして。
しかし、親というものは子供の、しかも40近いいい大人の人生をこんなに簡単に支配してもよいのだろうか。
タイでは成人しても親の、その親はその親(祖父母)のために生きているような人の話を本当によく耳にする。
これは仏教の「親孝行」という教えに通じるようだ。
「親孝行」についてこんな記述があった。
『原始仏教には、両親に対しては梵天に接するが如く敬いなさい、両親は大切に、親孝行はせよ、といった両親を大事にする教えが数多くあります。
親は子供を育てるために自分の身を削ってまでも必死に尽くし、今の私たちがこうして生きていられるのも親のお陰であるからです、と明快にお釈迦さまは説かれます』
話を戻して件の元スタッフの「親孝行」について考えてみれば、
子育てを終えた親が好き勝手に遊び回るのを、今度は自分の身を削って支えてあげるのが親孝行ということなのだろう。
でも、それは本当に親が望むことなのか?
子供が自由に、自己実現を果たせるような幸せな人生を送ってくれることこそが親孝行だろうと思えるのだが。
タイ人大学教授から聞いた話ですが、実はタイ人の半分くらいは中国系だそうで現代法以前のタイ固有の法意識は儒教の影響が強くそれは親子や上下関係でも同じだそうです。本来の仏教の教では親子、上下、他人の関係なく相手に慈悲を注ぎなさいと言うのが本当であり、一方のエゴが勝ってしまった時点で仏教的とは言えませんよね。
>駐在君<br>なるほどー、そうだよね。とにかくね、「苦労して大学まで行かせる投資したんだから、今度はあなたが私に楽をさせてよ」ってハッキリ子供に言う親がほんとに多い。