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★ なんでそのレースに出場したんだと訊かれれば、いまだによくわからないと答えるしかない。
「KING OF MOUNTAIN」
クアラルンプール北方、イポーにほど近いマレーシア有数の高地リゾート、キャメロンハイランド。
高低差1,500m、獲得標高2,400m、走行距離50kmの山岳コース。
まさに「山岳王決定レース」の名に相応しい舞台だ。
国道の交差点にかかるフライオーバー3つ登るのが限界であるオイラは、このなにかとてつもなく次元の違う数字がしっかり飲み込めずに、面白そうだな、やってみたいな、いややらなければならないんじゃないかな、と思ってしまったのだ。
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同じくバンコクから参戦したユキと、はらまさ夫妻とオイラの4人はレース前日の夜にイポーに向った。
ハイウェイ走行途中の9時半頃、
「炭水化物をたっぷり摂りましょう」
とまさやんがドライブインへとハンドルを切った。
こんな夜遅くに炭水化物はちょっと...とためらうオイラとユキに
「明日途中でハンガーノック起こして走れなくなりますよ。炭水化物がグリコーゲンに変わるのには充分な時間が必要なので明日慌てて食べても間に合いませんよ」
このまさやんの説明を聞いて、これはなんだか大変なものに参加するんじゃないのか、とようやく朧げながら事態が見えてきた。
お腹も空いていないこの時間にオイラはチキンライスをがっつり食べて再び車に乗り込んだ。
イポーのホテルにチェックインしたのが深夜0時前。
「明朝は5時半に大会会場に向けて出発しますんでその前にチェックアウトを済ませておいて下さい」
そもそも睡眠時間が足りないのに、不安と興奮でなんだか寝付かれずベッドの上で何度も寝返りを打った。
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まだ真っ暗なうちに大会の集合場所に到着すると、各自車から降ろしたロードバイクを組み立てる。
タイヤに空気を入れる。空気圧は8キロ。手で触るとカチンカチンだ。
そこで参加者用グッズやゼッケンをもらい、自転車に取り付ける。
「SV025」
おお、これが生まれて初めての自転車レースゼッケンだ。
これから起こることを知らない、まだ希望に溢れた笑みさえ浮かべているタコ社長。
「SVってなーに?」
とまさやんに訊くと、
「シニアのベテランですわ」
このレースはいくつかのカテゴリーに分けて総合とカテゴリーの両方で順位を争うらしい。
「でもオイラはシニアのビギナーやで。シニア=ベテランっていう時点でオイラの入る隙間はないやん」
とさらに訊くと、
「このレースはガチのレースですから、初心者とか趣味で自転車やってるヤツとかは怖くて出んですわ」
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そんなこと、なぜ、今言うん?
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なんか胸が苦しくなってきた。
すこぉし空が明るくなってきた7時過ぎ、我々は集合場所から数分のところにあるスタート地点に向う。
うわ、いるいる。
もうなんだか面構えがプロじゃん。
体形も痩身でありながら脚にはしっかり筋肉がついてる選手体形だし。
向こうには白人たちのチームもいる。ツールドフランスか。
笑顔も消え、もうすっかり元気がなくなってしまったタコ社長。
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朝7時30分。
スターターが旗を振り、KOM2015はスタート、選手たちは先頭集団に入ろうと一斉にペダルを踏み込む。
オイラはこれからの長旅を考えてできるだけペースを維持できるようにゆっくりとスタート。
後ろからどんどんどんどん抜かれていく。
「私に気にせずどうぞお先に行って下さい作戦」と自分で名付けた。
まさやんもユキも集団と一緒にずーっと前方に走っていって見えなくなった。
2キロくらいの平坦なコースを過ぎるといよいよ勾配がやってきた。
急にペダルが重くなる。
ギアを軽い方へシフト。
見えていた集団はもう見えなくなり、オイラの近くにはだんだんメタボ系の選手たちが集まり、5〜6人の集団を作るようになった。これをオイラは
「デブの吹きだまり」
と名付けて後々まで愛しんだ。
10キロを過ぎた辺りで赤いトラックの「回収車」が近くを抜きつ抜かれつするようになった。
体調が悪かったのか、脚がつってしまったのか、すでに回収車の荷台には3人ほど座っていた。
回収車のスタッフは窓から顔を出してオイラに
「もう、乗って行くか? 大丈夫か?」
と声をかけてくる。
オイラはすでにもう限界に近づいてはいたのだけど、彼の誘いを振り切り作り笑顔で親指を立てた。
「OK。じゃあ、頑張って!」
と回収車は行ってしまう。
あー、行っちゃうと心の中から手が出た。
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一番軽いギアでハァハァ言いながら時速7キロくらいでふらふらと登って行く。
ペダルを回しても回しても全然進まない焦燥感。
「デブの吹きだまり」も少しずつ回収され、人数が減っていく。
もう集団は崩れ、ひとりで登って行くしかない。
前を向くと果てしない登り坂が視界を埋めて心が折れるので、ひたすら下を向いて絶望感と疲労感を背中に漂わせて走るオイラ。
つ、つらい。
足が動かない。
15キロくらいの地点でオイラは自転車を降りると道ばたに座り込む。
アクエリアスを少し飲んで、エナジージェルを押し込む。
再び立ち上がると自転車を起こし、またペダルを踏む。
それからまた5キロほど登る。
ここをスイスイと登って行くのが同じ人間とは到底思えない。
またペダルが重過ぎて動かなくなった。
もう座っていることもできず、仰向けに横たわる。
再びさっきの回収車がやってきて、
「おい!大丈夫か、もう乗っていけ!」
と声をかける。
いや、まだ半分も登ってない。
こんなところでリタイヤするわけにはいかないのだ。
オイラは引きつり笑いをスタッフに向け、仰向けに横たわったまま親指を立てた。
そして無情なエンジン音はまた遠ざかっていく。
こんなことを繰り返しながら、26キロ地点。
半分を少し過ぎた辺りでオイラはとうとう回収された。
ゴールに向う車の中から35キロ地点で喘いでいるまさやんを発見。
もともと膝に爆弾を抱えるまさやんもここで回収された。
ゴール地点に到着すると、一度も自転車を降りずに3時間50分という見事なタイムで完走したユキと合流。
まさやんの自転車チームの面々はみな2時間前半で優勝争いを繰り広げていた。
トレーニングを積んだ彼らにとってはこのくらいの山は我々レベルが平地を走るのと同じくらいのスピードで登れてしまうのだ。
みんなすごい。
結局完走できなかったオイラとまさやんのガッツポーズはとても暗い。
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こうしてオイラの自転車初レースは終わった。
完走できないってこんなに悔しいことなんだ。
競技者ではないけれどもっとトレーニングを積んでなんとかいつか完走してやりたい。
そんな思いを胸に秘めてイポーの町へ戻る。
はらまさとユキの4人で名物のイポーチキンを食べて消費したカロリーと心の隙間を埋める。
これは美味しかった〜
このあとデザートにイポープリンを食べてから夜の高速を一路クアラルンプールへと帰った。
スプリンターな俺達には、やっぱりヒルクライムは向いてないね(笑)
>まさ<br>いやー、向いてない、向いてない。オレたちは速く風を切ってナンボの漢だから。