桂歌丸さん&歌若さんと歩くクアラルンプール

「笑点」でお馴染みの歌丸さんと歌若さんがクアラルンプールにやってきた。アンワル前副首相支援者と警察の機動隊が首相官邸そばで衝突し、アンワル前副首相を含む多くの人間がISA(国内治安維持法)という強力な法律で逮捕された日の翌日。エリザベス女王が来馬し、コモンウェルス・ゲームが華々しく閉幕した記念すべき日の翌日。それはいろいろな場面でマレーシアが大きく揺れ動いていた9月22日のことだった。

歌丸さん、歌若さんの来馬目的はもちろん、クアラルンプールで「落語」をすること。マレーシアで暮らす多くの日本人に笑ってもらうこと。いったいそれは最悪のタイミングだったのか、それとも今こそその時だったのか。その迷いは、当日の朝から会場となるそごう、主催者の朝日新聞、全日空に殺到する問い合わせの電話が物語っていた。

 「今晩の落語会は予定通り開かれるんですか?」 「KLは安全なんでしょうか?」 「そごう周辺の交通規制はないのですか?」 「本当にこんな時に大丈夫なんですか?」・・・・

 主催者側は、その対応に追われながら次第に諦めの境地に入っていく。あまりにも日が悪かったのだ、こればかりは仕方のないことだ、と。



 果たして会場は、開場の午後7時から大勢の在馬日本人達が詰めかけ、開演となる7時30分には用意した700席が一杯になる大入り。日本の新聞各紙は連日、緊迫したマレーシアの社会情勢を取り上げているにもかかわらず、何がこれだけの人々をこの会場まで駆り立てたのだろうか。これがここマレーシアに暮らし、マレーシア人と同じ空気を吸っている日本人の感じ方、と捉えていいのだろうか。そんなことを考えているうちに、大きな拍手が高座に向けられていく。桂歌若さんの創作落語に笑い、ナポレオンズのコミックマジックに沸き、桂歌丸師匠の古典に魅せられる。そんな1時間半はあっと言う間に過ぎ去り、「あ〜、ほんとに久しぶりに楽しかったね」と声を掛け合いながら再び家族連れは帰路へと向かうのであった。

 今週に入ってから日本やKL近郊に住む日本人の方々からJalanJalanへも多くの問い合わせが寄せられている。そのほとんどが、今クアラルンプールの街はどういう状況になっているのだろうという不安の声だ。多すぎる噂と少ない情報の中で現状を見ることのできない苛立ちがそのメールの行間に溢れている。ご要望にお応えして一回りシティビューを撮ってくるのは構わないが、それではいかにも脳がない。そこでJun&Mas、昨夜の興奮さめやらぬ歌丸師匠と歌若さんに突撃交渉を試みることにした。「観光客」の歌丸、歌若ご両人に今現在のクアラルンプールを一緒に歩いてもらっちゃおうというとんでもないお願いだ。
 幸いなことにこの歌若さん、噺家さんには珍しく自分のホームページ(http://w3ma.kcom.ne.jp/~masami/)とわかさまというハンドルネームを持つネットユーザー。来馬前からMasが見つけた彼のページ上で1回だけメールのやりとりをした経緯がある。何とかなるかも知れないと、宿泊先のホテルへ電話を入れ、歌若ご本人と直接交渉。電話口に出た歌若さんは、「ああ、そうですか。ちょうど今日は私も師匠もフリーなので師匠が起きたら話してみましょう」との色好い返事。 結局我々は、ホテルまで突撃、ご両人とのご対面に成功したのであった。

 いざ、それではどこを歩こうかとなると、歌丸師匠と歌若さん、これまったく趣味が合わない。なんせ歌若さんは、「私は落語界の変わり者で通ってます。正真正銘のヲタクですっ」と胸を張る。PCやゲーム、アニメ関連のバッタ屋をご所望。そこでクアラルンプール歩きを2部制に変更。歌丸師匠には第2部からのご登場をお願いすることとなった。行き先はまず、ジャラン・インビの「秋葉原」、インビプラザだ。途中、写真左は、クアラルンプール市内の目抜き通りジャラン・スルタンイスマイルとジャラン・アンパンの交差点。特に普段と変わりなく、バックにKLCCがそびえ立つ。

 インビプラザに一歩入ると「おお〜」という驚嘆の叫び声は歌若さん。「クアラルンプールにこんなところがあったのですかぁ!」と感心しきり。写真右は、PC関連ソフトに見入る歌若さん。「なんだよこれぇ、とんでもないものを売っているな〜」「うわぁ、この値段、こんなのありなんですかぁ・・」と目は夢中。しかし、マレーシアに来てからというもの、中国語でしか話しかけられないというその怪しい風貌もあって、店内での違和感は全くない。

 結局、「日本へ帰ってからオフ会で見せびらかす」とマニアックな代物数点を購入希望。早速Masが、「悪いけど、俺ケンカ負けたことないんだよ」と料金交渉へ入る。写真左は、強引な値引き交渉で突っ走るMasと、すっかり萎縮して怯えた店員さん。そして、相互の顔色をうかがう歌若さん。駆け引きのチャイニーズ店員さんと力のMas。それはさながら、舞の海と水戸泉の水入り相撲を見ているようで息が抜けない。最後は力で勝るMasが店員さんを土俵から突き出し軍配はMas。歌若さん喜ぶ。

 歌若さんは満足顔で代金を支払い、店員さんはふくれっ面で品物を渡す。そしてしばらくの間、インビプラザの中をひとつずつじっくりじっくりと品定めしながら見て歩く歌若さん。価格を見ては秋葉原と比較し、時には自分の大事なネタ帳を取り出して、品番と価格をメモしていく。その風景にはお店の人でも近づけない真剣且つ怪しい雰囲気が漂っている。恐るべし「落語界のヲタク」、歌若。ちなみにこのネタ帳、Jun&Masとの会話中にも出てきたりする。新しい話を聞くとしっかりとメモしていくのだ。こういう地道なネタ拾いの積み重ねが、独特の創作落語へとつながっていくのかも知れない。

 そうこうしながら歩いていると、「おーっ、なんだこれはぁ!」とショーケースにかぶりつく歌若さん。そこにはソニープレステのキャップがまるで売り物ではないかのようにひとつだけ置いてある。「これはレアものですっ、こんなものは日本にはありません!」 店員のおばちゃんは「なんじゃこいつは」という顔をしながらも、「これはどう?」と1枚のTシャツを出してくる。「おーーっ、○○○○ではないかっ(Jun&Masには何を言っていたのかわからない)、こんなものは見たことがないっ!」とおばちゃんの手から奪い取る。そして「オフ会で・・」とうわごとを繰り返しながら、料金交渉ももどかしく1セット購入。写真左は、記念写真。このセットの価値はわかる人にしかわからない(笑)。

 「収穫はでかい」とご満悦の歌若さんとインビプラザを出るとクアラルンプール市内をもう一回り。写真右、なぜか車も少なくのんびりとした風景のジャラン・スルタン・イスマイル。車の中で歌若さんと話し合う。しかし、インビプラザがメインというのは正しいクアラルンプール観光客の態度ではないのではないだろうか。今回、香港に行ってきたのか、シンガポールに行ってきたのかわからないのではないだろうか。と、思い当たり、クアラルンプール観光の王道、独立記念広場へ向かうことにする。そしてそこは、つい二日前にアンワル支援者達のデモ行進で大いに揺れた場所でもあった。

 独立記念広場の入り口にさしかかると、はす向かいにある裁判所の前にかなりの数の人影。普段の様子とはちょっと違うようだ。それでいて何かをしている風でもなく、ただ所在なげに幾人かで会話を交わしたり、たたずんだりしている。近づいてみるとその人々は、テレビや新聞の裁判所番取材クルーだということがわかった。連日アンワル支援者の逮捕者が出ているだけに裁判所番は必要なのだろう。ただ現在は何を待っているのか、記者達は談笑を交わし、警備の警察官も一人二人見えるだけで、のんびりとした雰囲気が辺りを包んでいる。

 広場にある国旗掲揚ポールの下を歩いてみると、あまり人影はいない。歌若さんは「あ〜、ようやくマレーシアに来てるんだなという気がしてきましたねぇ」と笑う。時計台をバックの記念写真は観光客のお約束。ここで我々3人は、タバコの煙をくゆらしながら、いろいろな話をした。歌若さん入門の頃の話、前座時代の話、笑点の話、PCの話、オフ会の話などなど。ちなみに彼のプロフィールには、その「属性」としてスレイヤーズ、ルナ、サクラ大戦、センチメンタル・ジャーニー、エルハザードといった言葉が並び、「お気に入り」には、リナ=インバーズ、レミーナ=オーサ、神崎すみれ、遠藤晶、ファトラ姫、「今後の目標」には魔法ギルドの再建といったJun&Masには呪文にしか聞こえない文字が続く。本当にヲタク道は奥が深いものだ。

 そんなこんなで気がつけば早、第2部の時間。我々はホテルに戻り、歌丸師匠を拾うと夕食へ。 「私はね、成人してから今の今まで体重が変わったことがないんですよ。運動ってやつは体に悪いと信じてるからやったためしがないし、喰いたいものを喰いたい時に喰うし、タバコは飲むしね。健康を気づかわないってのが、健康の秘訣ですねぇ。それにしても美味しいねぇ」とチャイニーズ料理をバクバクとこなしていく。いくつかのギャグネタを教わったが、同じ話でも我々素人がオフ会でしゃべって、こんなに笑えるものかぁと思いながらもメモメモ(笑)。

 食後は、歌丸師匠のご所望で夜のチャイナタウンへ。ここ数日の事件も中国系の人々にはさしたる動揺もないのか、チャイナタウンは相変わらず、皓々とした白熱灯の下、芋洗い状態。その中には、外国人観光客も大勢混じって見える。その熱気、活気に歌丸師匠もタジタジだ。しばらくすると、ちょっと遅れた歌若さんの「おーーっ」と言う声。何か見つけたときの聞き慣れた雄叫びだ。今度は何かと戻ってみると、「いやぁ、これはレアものですっ。このセーラームーンのバッグ。このセーラームーンの絵が全然似てないんですっ。これは日本では作れませんっ」と、赤いバッグを一つ買う。呆れた歌丸師匠は「アホかっ・・」(ぼそっ)。

 冷やかしだけだった歌丸師匠が初めて買う気になったのが、シルクのネクタイ。すぐに出てきたのが、「悪いけど、俺ケンカ負けたことないんだよ」のMas。(写真左) そしてまたしても水戸泉は強引な吊り出し。歌丸師匠、喜ぶ。それから歌丸師匠が買ったのは、携帯電話そっくりの電卓。師匠がぽつりと「日本へ帰ってから笑点の楽屋でみせびらかす」。・・・やはり二人は、師匠と弟子なのであった。

 そうしてしばらく歩いていると夜もシンシンと更けてきた。そろそろお開きと致しましょうか。歌丸師匠は、何度も来ているが、歌若さんは初めてだったクアラルンプール。「私の波長にとても合っている街ですねぇ。今度はプライベートで必ずまた来ます」と再会を約し、散会となった。今日歩いたクアラルンプールは、穏やかで平和な、いつもと変わらない街だった。これからもずっとそうあって欲しいと願う。
 遠ざかるチャイナタウンの夜店から呼び込みの声が聞こえてくる。
 「ヤスイ、ヤスイ、ローレックスネ、ニセモノ、ニセモノ・・・」

 街が眠るにはまだ早すぎるので、ちょっと遠回りだけど、ジャラン・ラジャ・チュランからブキッ・ビンタンを抜けて帰ることにした。  



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