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日本悲願のW杯出場!<11/17付>
こんなにも移り変わりの速い時代の中で、43年もかかって変わらないものがあった。それは日本人の、サッカーファン達の夢だ。1954年のワールドカップスイス大会から挑戦し続け、そして破れてきた願いだ。ワールドカップに出たい。そして今、ニッポンは悲願の切符を手に入れた。
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勝った!ニッポン! アジア最強フォワード、イランに3対2!
- アジア第3代表の座を賭けた決戦が、ここマレーシア、ジョホール州のラーキンスタジアムで開催されることが決まったのはほんの1週間ほど前だった。即日、JalanJalanへも日本のサポーター達からインターネットを通じて開催情報の問い合わせが多数寄せられた。クアラルンプールやジョホールの日本人会や大使館などにも問い合わせが殺到、熱い津波が押し寄せる予感にそれぞれが対応に追われた。KLでも急遽応援ツアーが仕立てられたが当初の200席は即刻完売。日本を始め、近隣諸国からの日本人サポーターで2万人収容のラーキンスタジアムは埋まってしまうと言われ、果たしてスタンドは青一色に色塗られたのである。試合開始2時間前から「ブルーウェーブ」はスタンドを1周し、「ニッポン、ニッポン」の喚声はスタジアムを揺るがすかのようだ。
マレーシア警察の機動隊も大挙して入場、フィールドを取り囲むように配備されると異様な緊張に鳥肌すら立ってくる。そしていよいよ両チームの選手が入場。
スタンドは怒涛のごとく興奮が最高潮に達する瞬間だ。真青のユニフォームに身を包んだ日本チームがピッチに登場。カズがいる、ゴンがいる。井原が、中田が、北澤が、名波が、この試合の重さを充分に背負った面構えで立っている。対戦相手がイランに決まってすでに充分練られた布陣、スタメンツートップのカズとゴン中山は、互いの血を互いの体に流し合うかのようにがっちりと手を繋いだまま。そこにはチームを引っ張ってきた男達の誓いがあったのかも知れない。
日本ボールでキックオフされた前半0分、いきなり相馬が右足で入れたクロスボールを、イランディフェンスがクリアミスしてオウンゴールかと思われたが、オフサイド。場内騒然となる。その後両チームともシュートに決め手を欠き、一進一退の攻防が続く。前半29分、アジア最強と言われるイランツートップのカタワレ、アジジの鋭いドリブルシュートを我等が川口、横っ飛びでセーブ。大きなため息。そして開始後40分、中田のスルーパスに反応したゴンが、イランDFの裏に飛び出し、左足でシューーート! 待ちに待った先制点だ! やった、やった、ゴンだ、ゴンだ! そしてゲームはハーフタイムに。スタンドはもう押せ押せだ。フランスに一歩近づいた、これは行けるぞっとハシャギまわる。ところがそれも束の間、イランキックオフで始まった後半1分、最強コンビ、ダエイとアジジの見事な連係であっという間に同点。
「うまい、うますぎる」。そして後半15分、今度は相棒ダエイが右からのセンタリングにとてつもなく高い打点から見事なヘディングシュート。逆転だ。あー、また後半でひっくり返されるのか、ニッポンよ! 後半に入ってからのイランの動きはニッポンを圧倒している。ジョホール、当夜の気温は28度、湿度80%。イランチームにとって慣れ親しんだ気候の中で余裕すら感じるのは日本人の焦りだろうか。その直後、気落ちしかけたスタジアムに岡田監督が喝を入れる。ニッポンフォワードのカズとゴンをそっくりそのまま城と呂比須に交代させたのだ。これには当のカズも信じられないかのように自分の顔に人さし指を向け、聞き返す。そうだ、勝つのだ。ニッポンはどうしてもここで勝たなくてはいけないのだ。そんな岡田監督の想いが伝わってくる。そして城だ。1年半前、アトランタ五輪の予選で同じマレーシアのシャーアラムスタジアムを沸かせたあの若武者が帰ってきた。試合終了間近、中田のクロスをイランディフェンスと競り合いながら見事に頭で合わせて同点ゴーーーール! もうスタジアムは熱狂の坩堝となり、「ジョーショージ、チャチャンチャチャン」の大合唱。そのまま後半終了。延長戦へ。スタンドの我々はもう声も涸れよとばかりに叫び続ける。この勢いを止めたくないのだ。
しかし、きっとほんの一握りのイラン応援団も想いは同じなのだろう。「イラン応援団席」などというものがないこの日のラーキンスタジアム。日本人サポーターの間でひっそりと国旗を振るイラン女性がいた。声を涸らす我々とは違うたたずまいの中にも深い想いが伝わってしばらく胸が熱くなった。でも僕らも負けられないんです。
いよいよ延長戦。泣いても笑ってもここで決まるんだ。試合は2対2の振出だけど勢いはこっちだ。そう、そして確かに延長に入ってからのイランは目に見えて動きが緩慢になった。ゴールキーパーのアベドザデーは、イエローカードをもらいながらも再三のスロープレイ。何度も大げさに倒れては、起き上がってこない。日本サポーターからも盛大なブーイングが飛ぶが、全くコタエル様子もなくふてぶてしい。あのアジジやダエイですら足が止っている。片やニッポンは元気者北澤に代え、この予選初出場の岡野を投入。長い間ベンチを暖めてきた欝憤を晴らすかのように走りまくる。日本の勢いはもはや止らず連続してイランゴールを脅かすが決定打にならない。延長戦前半15分は0対0に終わり、このままPK合戦かと思われた後半試合終了2分前、昨年のシャーアラムでも大活躍だった中田がイランディフェンス一人をかわしてミドルシュート。これをゴールキーパーがはじく。右サイドから俊足を飛ばして詰めていた岡野がスライディングしながらこのボールを押し込んでゴーーーール!!
スタンドは総立ち、鳥肌も総立ちの瞬間だ! ニッポンベンチから監督、コーチ、控え選手が飛び出し、イレブンと抱き合って喜びを分かち合う。長かったこの道。とうとうやった! 初めてのワールドカップ出場を自分達で決めたのだ。よくやった、ニッポン! ありがとう、ニッポン! たぶんここジョホールにこれだけの日本人が一堂に会したのは初めてのことだろう。海外で生活する我々にとって日本のために熱狂し、ひとつの夢を一緒に分かち合えた喜びは大きい。試合が終わってもしばらく日本から、シンガポールから、バンコクから、ジャカルタから、そしてマレーシアから集まった日本人達は抱き合い、握手し合って感動を伝えた。後ろの席にいた日本からの家族は「ここまで付いてきた甲斐がありましたよ。もちろんフランスも家族で行きますよ!」と泣きながら話してくれた。そうだ、フランスはやっと始まったばかりなのだ。これからも頑張れ!ニッポン!
その夜は、初めてあったマレーシアからのサポーター、ジャカルタからのサポーター、日本からのサポーターと明け方近くまでジョホールの屋台で祝杯をあげた。
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