マレー鉄道の旅
列車の旅には旅情がある。時代の流れと共に人々は「移動」に時間をかけなくても済むようになった。目的地での時間がたっぷり取れる飛行機に追い抜かれ、長距離列車は人々から置き去りにされる。それでも列車には旅の醍醐味がある。車窓を流れる土地の空気、旅人同士の触れ合い、ホームで叫ぶ物売りの声。時間をかけてそれらが身体の中に染み込んでいく。

夜のクアラルンプール中央駅
夜の中央駅は意外に人が多い。天井の高い構内に入ると左手に切符売り場がある。窓口の上には電光掲示板でダイヤが記されているので予約がなくても窓口で買える。予約は1か月前から受け付ける。今回の列車は夜行と言っても寝台があるわけではないので1等車を予約、バタワースからの列車を2等車にしてみる。これでKL〜ハジャイまで大人一人RM126、小人一人RM46。
切符売り場やインフォメーションセンター、キオスクなどがある構内からドアを隔ててすぐホームという簡単な造り。ホームへの入り口で改札をする。ホームに出てみると大勢の人が列車を待っていた。その8割がマレー人、小さな子供を連れた家族連れも多い。残り1割が中国人、あと1割が欧米系バックパッカーという構成だ。それにしても熱帯夜、ホームは蒸れるように暑い。そしてその暑さの中、我々の乗る列車は、1時間30分遅れて到着する。線路の上を何の障害物もなく走る列車が1時間半も遅れるなんて....。人々は遅れる事を知らせるアナウンスにも顔色ひとつ変えず、「ネバーマインラー」と静かな微笑みすら浮かべ、列車到着にも「はいはい、来ただけよかっただよ」といった面持ちで立ち上がるのであった。
どのくらい遅れるのか、それは駅員に聞いてもわからない。本当に今晩列車は来るのだろうかと汗ばむホームで途方にくれているといきなり入ってきた。「やった、きた。とにかく出発できるんだ!」と、JalanJalanは喜んだ。ところが列車に乗り込むとそこは冷凍車のように寒い。
よくあることなので我々は予備の上着を持ち込んでいたのだが、そんなものでは到底太刀打ちできない。改札に来た車掌さんに聞いてみたが、エアコンは壊れていた。車窓には見慣れたKLの夜景が流れていく。だけど、列車から見る街並みは、異国の街のように新鮮な眺めだ。うれしい、こんなKLを見るのは初めてだ。それにしても寒い。夜行なのだからここで寝なくてはいけないのにとても眠れない。信じられないだろうが、車内で吐く息が白くなるのだ。他の乗客も眠れない。こういう時は何か食べよう、と我々は食堂車に向かう。厨房部分と食堂部分が分れていて、まず厨房のカウンターで注文、ホカ弁と同じパックに入れて渡されるだけ。飲み物は缶のまま。ナシラマとフライドチキンを貰い、両手で持って食堂へ。う〜ん、ちょっと寂しいな、この冷えきったホカ弁。他に乗客はいなかったが、青い制服を来た車掌さん達が人の飯を奪い合って騒いでいた。おい、動きだしてすぐ車掌さん達がみんなで遊んでていいのぉ。エアコン何とかしてよぉ。


もない。とりあえず我々は、駅前広場に面するオープンレストランで朝食を採ることにした。レストランにはさっきの車掌さん達や駅職員達もやってきて常連客らしい人達と言葉を交わしている。とてものどかだ。
クパッカー達。そのうちの何と半数が日本人バックパッカーだ。でも彼等のイデタチを見ているとバックパッカーっていっても「実はお金持ちの遊び」という人もいるんじゃないだろうかと思えてくる。
そこで様子をみて下さい」 とにかく少しでも先に進めようという事らしい。駅員にその「国境の駅までバスでどのくらいかかる?」と聞いてみた。駅員は、手のひらをヒラヒラさせた。
だが、ここからまた列車に乗れるのだろうか。ここの駅員はとても親切にいろいろと教えてくれた。それによると例の国際特急はバンコクで車両故障がありバタワースまで戻れなかったらしい。しかし何とかここパダン・ブサールまでは戻れる。そして今、On
The Way ということらしい。そうか、来るのか奴は。もう来てくれるだけで僕は何もいらない。電車が来るってなんて素晴らしいことなんだ。だからもう、その駅で待った1時間半はなんでもなかった。
列車は滑らかにホームに入ってきた。かわいい奴。ちょっとへばっているけれど、いよいよここからタイだ。銀色に光る新しい客車は、韓国DAEWOO製の寝台列車だ。JalanJalanは、ハジャイで途中下車するけれどほとんどのバックパッカー達は、今晩この寝台車両の簡易ベッドに寝て、明日の朝のバンコク駅を目指すのだ。ここまで来たらそれもまたよかったなと思う。知り合ったフランス人の美人バックパッカーとも別れがたい。発車前に売り子のおじさん達が冷えたビールやフルーツ、おやつなどを売りに来た。爽快な気分になってシンハービールをグビグビやっていると列車は動きだす。車窓からは一面に広がる水田の風景。空は抜けるような碧。しばらくすると今度は車掌さんがお客一人一人にメニューの入った
食事オーダーの紙を配る。この列車では事前に今晩の夕食と明日の朝食の注文を受けてしまうのだ。自分の食べたいものに「チェック」を入れて回収に来た車掌さんに渡すと料理が運ばれてくる。ホテルみたい。快適な列車は、たった1時間、あっと言う間にハジャイへ到着してしまうのであった。
ハジャイの駅、ホームはものすごい活気にむせ返っていた。乗降客、物売り、駅職員達でホームの上はいっぱいだ。おねえさん達が頭に乗っけて売っているのは焼いたチキンやココナッツ菓子だ。いままでとても静かな駅を辿ってきたのでこの雑然とした雰囲気に少したじろいでしまったが、ここでボッとはしていられない。もうずいぶん予定時間から遅れてしまっているのだ。このハジャイの駅からハジャイ空港へ行かねばならないが、実際どうやって行こうか全然考えていなかった。
とりあえず駅の外に出るとそこには軽トラックの荷台を改造して2列のベンチを設置した屋根付きタクシーが客引きをしていた。これはソンテォ(ソンは2、テォは長椅子)というタイの交通機関だ。料金は200バーツ。よくわかんないけど、うん、よしこれにしようとソンテォに飛び乗ったJalanJalanは、一路ハジャイ空港へと向かう。身体に風を受けながら軽トラの荷台にしがみついていく45分の旅もとても新鮮で楽しいものであった。